NJC日本語情報センター スタッフブログ! みんなの留学応援中♪ 【オーストラリア留学 ブリスベンからご案内】

オフィス移転☆リニューアルオープンしました!

**オフィス移転のお知らせ**
NJC日本語情報センターは8月19日より下記住所にお引越ししましたfeel20 business10

新住所
Level 3, 144 Adelaide Street
Central駅からすぐ。コリアンマーケットe-martが入っているビルのLevel 3ですface29

各種イベントも随時行う予定ですので、新しいオフィスにぜひ遊びに来て下さいfeel03

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こんにちはfood11
NJC日本語情報センターカウンセラーのYukariですface01


引越し作業に終われ更新が滞ってしまいすみませんicon10
ようやく新しいオフィスがオープンしましたよ~icon06

今日はそんなリニューアルして明るさを増した新しいオフィスをご紹介icon12






広々としたスペース。
大きな窓から陽光が差し込んで、明るくなりましたface02



入り口はこんな感じ mark14




そしてこれがTOEIC講座の教室ですface29




広いっface19


新しいオフィスでの私のお気に入りはオレンジ色の壁ですfeel03
オレンジはNJC日本語情報センターのイメージカラーなんですよfeel01


オープンまでにはいろいろと苦労がありました・・・。
そしてオーストラリアに来て4年の私が、久々に受けたカルチャーショック(笑)

移転にまつわる裏話はおいおいご紹介したいと思いますface25


日本が夏休みに入り、オフィスが忙しくなるこの時期animal03
みなさんのお越しを心よりお待ちしておりますicon06

  

スタッフ紹介 パート2

こんにちはnature15 NJC日本語情報センタースタッフのKayoですnature06

スタッフ紹介パート2が遅くなってすみませんicon10

引っ張ったからには大物が出てくるのかと言うとそうではなく・・・私Kayoは留学エージェント業界に入って数ヶ月、どかんとレセプションに座って何食わぬ顔をしていますが、そこは「年の功」、緊張を隠すに十分の面の皮を持ち合わせておりまするface30

私の海外初体験は大学時代に所属していた大学オーケストラの演奏旅行でした。

たしか20日間くらいの日程で、ベルギー、(当時)西ドイツ、オランダを周り、宿泊は現地ユースホステルやホームスティを経験しました。英語が母国語でない国でのホームスティでしたが、私が預かられたお宅は、たまたま亡きご主人がアメリカ人だったということで、奥さんやお子さんが英語を話されるファミリーでラッキーでした。とはいえ、私の英語力は乏しく(というか英語が大嫌いでしたface27)、感謝の気持ちもまともの伝えられず、悔しい思いをしたのを覚えています。

卒業後、金融機関に4年ほど勤務、その後全く違う仕事がしたくなり、航空業界に入りました。

その頃から海外旅行熱に火がつき、最初は行ったことがない国を求めて、次第にその中から気に入った国に複数回行くようになりました。

大嫌いな英語も、仕事で必要になったことと、旅行をもっと楽しみたいことから、再度勉強し直す決意をしたのもこの頃です。

15ヵ国ほど旅行で訪れるうち、「旅行」ではなく「滞在」したい国として一番しっくりきたのがオーストラリア、中でもブリスベンでした。

ブリスベンに初めて来たのは2001年。初めてなので、もしかしたらすぐに帰りたくなるかも知れないと予防線をはり「1週間英語の先生の家にホームスティ」というプラグラムを選択しました。

それが・・・

帰りたくなるどころか、その後1年に少なくとも1度はオーストラリアを訪れるほどハマってしまいました。

「1年に1度は」というのは、シドニーやケアンズなど他の土地を訪れても、それとは別にブリスベンを訪れていたのです。そのほとんどは、最初にホームスティした先生をクリスマスに訪ねるという感じでした。

日本にはなかなか来日してくれないアーティストがオーストラリアで公演すると知ると、そのためにオーストラリアに来たり、ケアンズでは「日豪家庭でハーフの子供に日本語を教える」プログラムでホームスティしたり、とにかくオーストラリアに来る理由を作っていました。

最終的には観光ビザで渡豪回数12回を数えるほど。

いつかは住んでみたい・・

そんな思いを抱えながらもなかなかお勤めを辞める決意はできませんでした。

ところがfeel20

2010年1月、勤めていた航空会社がまさかの経営破綻icon15

今なら、退職してオーストラリアに行ったとしても、帰ってきて再就職活動する際に、辞めた理由をあれこれ聞かれずに済むだろう・・・

なんて安易な自分への言い訳で退職を決意しました。

家族には

「辞めるのはいいけど、そんな遠くに行かなきゃいけないの?」

と言われ、説得するために親を伴いブリスベンにやってきて、いつも訪れていたホームスティ先や通うつもりの学校を見てもらいました。その結果

「じゃあ、やってみる?」

と納得してくれたので、1年だけ、言ってみれば

スタディングホリデー

することになりました。

当初の予定はアロマセラピーのサティフィケートⅣ取得コースでした。当時は11科目を1年で取得するコースでした。

いい恩師やクラスメートに恵まれ、英語に四苦八苦しながらも(なんせ語学学校に行っていないもので・・・icon10)学校が楽しくて仕方なかった留学時代。



ところが、コース終了間際で、サティフィケートⅣは翌年から6科目で取得できるようになったことが判明。ならばすでに取得済の5科目にあと何科目か追加して、上級資格のディプロマにしようかと思い始めました。

しかし、1年のつもりでの資金繰りしかしておらず。

学校に、今までの成績を提示し、もう1年延長したいけれどお金がないので何とかして欲しいと直談判しました。

なんと・・・

学校側が大幅値下げを提案してきました。インターナショナルとローカルの授業料の差があることを知った出来事でした。

こうして始まった2年目でした。

そのほんの数ヵ月後に友達の家で開催されたハロウィーンパーティ。



パイレーツに仮装して参加した私を待っていたのは、顔を白塗り、目の周りを黒塗り、口の周りは血糊、お肉屋さんで入手した大きな骨を持ってゾンビに仮装したある男性との出会いでした。

その2週間後私たちを含む何人かでキャンプに行き・・・



その9ヶ月後にディプロマコースを修了、学校を卒業した私は彼と結婚し、永住する方向に。



そして現在に至ります。

私がご来店されるお客様に

「人生、何があるか分かりませんからね。」

とお話しするのは、単なる一般論ではなく、自らいろんな偶然が重なり、自分の心の声に従ってきた結果、ここにいるという経験からです。

2001年に初めてブリスベンを訪れてから、10回以上の渡豪。

航空会社勤務時代、オセアニア路線担当の方に

「どうしたらリピーターが増えると思う?何に惹かれてそんなに何回も行くの?」

と相談されたことがあります。

「それが・・・何があるか分からなくて、また行ってしまうんです。」

と答えた記憶があります。

まさかここで運命の人との出会いがあるとは・・・それも予定通り1年だけの留学で終わっていたら出会うこともなかったとは・・・。

ブリスベンは他の都市に比べて何もない、退屈な街かも知れません。

でも、私にとって運命を変える出来事があった街なので、この街を訪れるみなさんに、ブリスベンでいい思い出を作って欲しい、意味のある滞在をして欲しいと心から思っています。

先月よりも今月、先週よりも今週、昨日よりも今日、成長を実感できるような留学生活を送ってもらえるようなお手伝いをするのが私の目標です。

そんな私は、実はYukariの英文法ワークショップに参加したいと思ってたりなんかする新米スタッフですが、先ほど述べたように「先月よりも今月、先週よりも今週、昨日よりも今日・・・」をモットーに私自身も成長したいと思っていますので、どうぞよろしくお願いしますface29



お待ちしておりますfeel01




  

スタッフ紹介 パート1

こんにちはbusiness06
NJC日本語情報センターカウンセラーのYukariですface01

今日は我が留学エージェントのスタッフ紹介をさせていただきたいと思いますpeople11

私たちのプロファイルなんて読みたくないfeel20
ブリスベンのカフェ情報をもっと書いてicon09

・・・と言われるかもしれませんが、初めて訪れるエージェントが
どんな所か分からないと行きづらいと思うのでスタッフ紹介ですface16

また、スタッフ自身もワーキングホリデー・学生経験者なので
みなさんがこちらで生活されるうえでの参考になればと思ってますitem32item32

なので2回にわたりちょっとだけお付き合い下さいpeople28


このブログをお送りしているコンビKayoYukariがおもにカウンセリングを担当していますicon22


まず私、Yukariですが札幌育ち、生粋の日本人ですfood30

大学卒業後ワーキングホリデーでオーストラリアにやってきましたanimal03



語学学校



旅行会社でアルバイト

 ↓

オーストラリア各地を旅行



 ↓

地元の幼稚園でボランティア





ニュージーランドへ旅行



この1年は私にとって本当に大切な1年になりましたface11

英語に苦戦しながらも仕事をし、日本にいれば出会うはずのなかった人々と出会いました。

幼稚園で子供達に話しかけても「???」という顔をよくされましたが、最終的には私がボランティアに行くと「Yukari~」って駆け寄ってきてくれるくらい仲良くなれました。


振り返ってみると、このときは1年だけの滞在でもう来るつもりはなかったのでいろいろとWHに凝縮しましたねface11

が、数年日本にいるとむくむくと「海外行きたい病」を発症nature20
4年ほど日本でお仕事をした後、ドイツへと旅立ちました。

なんでドイツかって?

それは大学の第2外国語がドイツ語だったからです(笑)



ドイツ語を勉強しながら、ヨーロッパ各地を旅行business13



ヨーロッパは建物が美しくて、すごくすごく素敵icon12icon12だったのですが、私にとってはオーストラリアnature01こそが「海外」のイメージみたいですface01


そんな「海外」への憧れfeel02が忘れられず、再びやってきましたanimal03

そしてかれこれ在豪4年・・・。



ブリスベンは遊ぶ所がたくさんあるわけではないつまらない街ですが(笑)でも私は大好きなんですね~face01

ここを訪れたみなさんにもこの街を好きになってもらえるよういつも120%全力投球ですfeel14

ブリスベンやWH生活に関する疑問・質問何でも答えていきたいと思いますので、ビシバシご質問下さい!

英語の文法もかなり勉強したので、
語学学校では訊けない「日本語で英文法の解説」ワークショップもできるのですが、参加してくれる人はいるのでしょうか・・・?

いらっしゃいましたらぜひメッセージをお待ちしておりますfeel20